2026年自治体学校in大阪 2日目分科会 

7月12日自治体学校の分科会が行われ、分科会2「医療保障は人権保障」と現地分科会「多文化共生の歴史とまちのあり方を考える」に分かれて参加しました。

【分科会2 医療保障は人権の砦に参加して 城下のり子】

本分科会では4名の方が助言報告をされました。

長友薫輝(佛教大学教授)さんは、高市政権による全世代型社会保障改革の内容が報告され今後の

社会保障負担のあり方や労働者確保として、高齢者も見直し年金改悪へと道を開くと指摘。

医療、介護提供体制の縮小と新たな地域医療構想(2027年から)では都道府県が策定するガイドラインも国が7/3に示している。

ここには全国11万床の病床削減も盛り込まれ、医療提供体制の縮小で山梨県では(急性期拠点)2次医療圏が4つから2つに削減される。

社会保障の機能は厚生労働白書(平成24年度)でも、生活の向上、所得再分配、地域経済の活性化に寄与している。日本の医療保障は公的医療保険による皆保険体制と医療提供体制で成り立つ。国の負担を増やしいざという時に安心して利用できる医療保障へと報告。

医療現場からは慢性的な人員不足で静かに職場をさる人が増加している。人手不足を医療DXでカバーできるのもではなく、使いこなせるための新たな負担ともなっている。いまやるべき事は、医療従事者の処遇改善で人材育成を行い、現場の実態に合わせた人員配置が必要と報告。

大阪府保険医協会からは、保健所1ヶ所の大阪府ではコロナ禍、大阪市独自の対策会議ができず府任せで医療崩壊が相次いだ。その教訓がいかされず、国は新たな病床削減を押し付けている。すでに府内でも医療資源の統廃合が進められ、救急搬送が堺市に流れている状況などの実態が報告。

京都府保険医協会からは、改正健保法による一部保険外療養について出産一時金無償化をすべて保険料で賄うとしており第2のこども支援金になるのでは!一部保険外療養は国による医療費抑制のために給付範囲を自由に操れる仕組みであり、社会保障制度の医療分野においても根底から破壊されるもの。発動させない運動を広げようと報告しました。

【現地分科会 多文化共生の歴史とまちのあり方を考えるに参加して 安部】

大阪市生野区の多文化共生のまちづくり拠点「いくのパーク」を訪れ、午前中は大阪コリアンタウンをフィールドワークし、多文化共生の歴史などを学び、午後はいくのパークを運営するNPO法人 IKUNO・多文化ふらっとの事務局長から話を聞きました。

大阪コリアンタウンがある大阪市生野区は24%が外国籍の住民となっており、この率は全国一です。韓国・朝鮮出身者が一番多く、57%を占めています。

まず訪れたのは御幸森天神宮にある「難波津の歌」歌碑です。朝鮮半島との交流の歴史は古く、4世紀末に百済から日本に渡来した王仁(わに)が、仁徳天皇の即位を祝って詠んだとされるのがこの「難波津に 咲やこの花 冬ごもり 今を春べと 咲やこの花」の歌です。朝鮮半島との関係の長さを物語っています。

その後、1910年に「韓国併合」され、日本の植民地になって以降、生活の場を求めて朝鮮の方たちの流入は増加し、そうした方たちに食品や雑貨、衣類を販売する店が増えていき1930年代には「朝鮮市場」と呼ばれる市場が大阪コリアンタウンのあたりに形成されていきました。

戦後になり、帰国できなかった方たちがそのまま日本に残りました。商店街として残り続けましたが、客足が伸びない中で大阪コリアンタウンとして売り出していくことを決めました。発展の契機になったのが冬のソナタなどの韓流ブームです。いまではK-POPのファンやコスメ、グルメを求めて若い女性がたくさん訪れる街になっています。

「いくのパーク」は廃校になった小学校をNPO法人IKUNO・多文化ふらっとと飲食店などを展開している株式会社が一緒に市から借りて運営していました。市の委託事業ではないので、市に賃料を払っているとのこと。NPO法人IKUNO・多文化ふらっとでは自分たちの占有部分の空いているところについて、飲食店やダンススクール、バスケットチーム、ツアー企画会社などに貸して収入を得たり、また、多言語相談事業を市から委託されて行い、その委託料などで人件費や市への家賃を賄っているとのことでした。その他、校庭を使って農園、子ども食堂、万国夜市なども行っていました。

印象に残ったのはNPOの事務局長さんが「多文化共生というのは上からつくるものではない」という言葉です。「『難波津の歌』歌碑を神社に作ろうとなったときも『なんで神社なんだ』という批判の声もあった。しかしみんなで話し合いを重ねて今の形になった」と話されていて、その一歩一歩の過程が多文化共生を作っていくのだと思いました。また、多文化共生はどちか一方が支援するものではないとも感じました。「いくのパーク」ではベトナム人親子の日本語教室を行っていますが、その日本語教室に来た方たちが子ども食堂でベトナム料理をふるまってくれたりしているそうで、支援というのは一方的ではなく、循環していくのだと感じました。