あなたの願いを県政にとどけます 日本共産党埼玉県議会議員団

県政トピックス

東日本大震災・東電福島第一原発事故の被災地はいま 福島県を現地調査
浪江町中心部にて。崩れたり傾いたりしたままの家屋がそのまま残されています。
浪江町中心部にて。崩れたり傾いたりしたままの家屋がそのまま残されています。
 日本共産党埼玉県議団は9月4日(水)、5日(木)の両日、東日本大震災および東京電力福島第一原子力発電所事故により大きな被害を受けた福島県の現地調査を行いました。


県外避難者への支援策を調査、避難者の声を伝える 福島県庁
 4日には福島県庁に行き、避難者支援課の担当者から、福島県外に避難している福島県民の皆さんに対する支援策について話を聞くとともに、党県議団に寄せられた避難者の声を担当者に届けました。

 避難者支援課によると、埼玉県内への避難者は3160人(うち旧騎西高校に避難している双葉町民105人)で、都道府県別では6番目に多いとのことです。また、旧騎西高校に避難している方々への対応についても説明を受けました。

 その後、日本共産党福島県議団とも懇談し、被災者支援などの課題について意見を交換しました。

福島市内の仮設住宅。自治会長さん(後ろ向き)に御案内いただきました。
福島市内の仮設住宅。自治会長さん(後ろ向き)に御案内いただきました。

福島市内の仮設住宅を訪問、避難者のお話を聞く
 5日午前には、福島市内の仮設住宅を訪問し、双葉町から避難している入居者の皆さんからお話を伺いました。

 双葉町では2世代・3世代同居で7人とか8人家族という世帯が多いそうです。埼玉などの都市部と比べて1軒1軒が大きく、庭や畑があるのが普通の家だという地域だったとのことです。

 しかし、仮設住宅は今まで住んでいた家に比べて狭く、庭や畑もありません。また、今まで通りの大家族で住めず、バラバラに住まざるを得なくなった世帯も多くあります。

 現在進められている復興住宅も、仮設よりは広くなるものの元の家よりは狭く、庭も確保されない見通しです。避難者からは「実際に入る人の声を聞いてほしい」と強く訴えられました。


南相馬・浪江の被災地を現地調査
 続いて南相馬市に移動し、日本共産党の渡部寛一・南相馬市議の案内で南相馬市と浪江町の被災地を調査しました。渡部市議は自宅が福島第一原発から20キロ以内の地域にあるため、現在も避難生活をしています。

 南相馬市南部の小高区(旧小高町)に入ると、津波によるがれきがまだ片付け途上でした。原発事故のために立ち入ることができず、他の地域に比べて片付けが大幅に遅れています。
浪江町内にて。後ろのがれきはほぼ手つかずのままだそうです。
浪江町内にて。後ろのがれきはほぼ手つかずのままだそうです。

 浪江町に入ると、震災直後のままで止まってしまっているかのような光景が広がっていました。かつては何十軒もあった集落が津波で跡形もなくなり、ただの草地のようになっているところがあちこちに見られました。海岸近くでは、陸上に打ち上げられた漁船が今もそのままです。町の中心部では、地震動で傾いたり崩れたりした家屋が今もそのままになっています。人影がほとんどなく、妙に静かでした。

 原発事故がなければ、ここも他の地域と同じように片付けが進み、復興に向けての歩みが始まっていたはずです。改めて原発事故の影響の大きさを実感しました。


 今回の調査を、埼玉県内の避難者支援や埼玉県の防災対策などに活かして参ります。

▲ページトップへ戻る